2014年02月15日

マインドフルネスFの2(めい想とは)

 みなさん、こんばんは。今日はとてもきれいな十五夜の月が出ています。オリンピックの羽生選手、とても魅力的でかっこよかったですね。東北出身で震災にあい、絶望の淵から徐々に希望をとりもどしたという紹介をみました。その物語を通してみると、彼の強さがとてもわかるような気がして、心を打たれました。

 さて、私の方は思うように筆(タイピング)がすすまず、立ち往生しておりました(^^;)。

 今日は、めい想とは何かを、私の理解の範囲で解説してみます、少し難しいです。めい想では、意識をよく目覚めさせ、思考・気分・身体・行動、そして現実のそれぞれをよく観察し(洞察)、ひろく視点を保ちながら安らいでいこうとしています(意識がよく目覚めていない状態のことを自動操縦状態と表現します)。そのようにして現実とよくふれあい、自己の内面に安定をとりもどし、そして英気を養っていきます
 実際の手法としては、フィーリング(感覚)に意識をむけます。強すぎないフィーリング、自然なもの、すでにそこにあるフィーリングであれば何でもよいのです。一杯のコーヒーをゆっくり味わう、シャワーが肌にあたる感覚、空にある雲の流れ、川の流れ、よせては返す海の波をながめる、そのどれもがめい想になります。このブログでは、レーズンを用いたものと、ボディスキャンについて紹介しました。一番の基本となるものが、自分の自然な呼吸をただ観察するという呼吸めい想です。このように感覚に意識を集中させることを「感受にとどまる」と表現します。強すぎない刺激をただ感じ続けることで、意識を(自動)思考にまきこまれた状態から解放させ、脳を休ませる効果が得られます。脳は身体の2%の重量しかないのに、全体の40%ものエネルギーを消費していると言われており、考え続けることはかなりの消耗につながるようです。
 感受にとどまり続けると、すなわち呼吸の観察を続けていると、ふとスイッチが切り替わるように安らぎ(Peace)が訪れます。それまで身体を苦しめていた緊張や、胃を重くしていたものが少しほぐれたりします。この変化は、自動思考から解放されることによって起こります。この安らぎとともに爆睡してしまうこともよく起こります(^^;)。逆に、この安らぎを期待しても、今度はイライラするばかりで、一向に安らがないということもよく起こります。このような時には「安らぎたいと強く願い、身体が緊張し、気分は焦り、うまく安らげない自分にイライラする」といった自責する悪循環が起こっています。練習を積んでいく途中での一つの落とし穴です。寝ようと意気込みすぎて、かえって眠れなくなるのと同じ原理です。
 そのような落とし穴にも気づき、求めすぎず、ただ呼吸してあるがままに安らげるようになってくると、それまでの偏ったものの見方(自動思考)から放れ、視野の広くなる変化が起こってきます。「木をみて森をみず」という言葉がありますが、広い視野、すなわち全体性をとりもどすことで、広く柔軟な関わりがとれるようになっていきます。そのようにして回復や癒しが訪れてきます。
 いかがでしょうか、私の力では全く伝わらなかったかもしれません(^^;)。これにこりず、ぜひ体験を通して学んでいってもらえればと願っています。

 次回は、マインドフルネスめい想と、従来の認知療法との違いについて書いてみます。おたのしみに。おやすみなさいm(_ _)m
posted by かなめクリニック at 21:45| 精神科・心療内科